可部線
路線図 可部線
1984年当時の可部線時刻表
1984年当時の可部線は山陽本線横川から三段峡までの60.2kmの路線で、電化区間は横川-可部間の14.0kmであった。
可部以遠は2003年12月に廃止されるも、沿線の宅地開発が進み、2017年に可部駅-あき亀山駅間が復活する。
一度廃止された区間が復活したのは全JR線の中でもここだけで、現在の運行は1時間あたり3本に増強された繁栄ぶりである。
可部駅
クハ79214他
広島駅から山陽本線で横川駅へ移動し、06:37発の723Mに乗車し可部駅到着。
クハ79214 前面
形式写真撮影に挑むも光量不足で三脚を持参していた友人に委ねた。
筆者の家は友人2人の家庭に比べ、裕福ではなかったため、撮影機材は脆弱であった。
梅林駅
728Mで梅林駅へ
この駅のことは忘れていたのだが、2014年8月の広島豪雨災害で被災したのをニュースで見て記憶が蘇った。
梅林駅から下り方向を
県道を挟んだ駅前の風景が昭和っぽい。
2階建の個人商店、右端には火の見櫓も写っている。
上り広島方面
梅林駅ホームの可部側先端
ローカル線の景色の左端にマンションが写る奇妙な光景。
725M 下り列車入線 先頭はクハ79328
左に写るSOGOは関東の人間には見慣れないマークとして捉えていた。横浜にそごうが出来るのはこの数年後である。
中央の形の良い山は武田山
725Mで再び可部駅へ
クモハ73313から
梅林駅で再び下り可部行きに。乗車したのは最後尾のクモハ73313であった。
可部駅に停車中の73系
ようやく光量も充分な時間帯となり、形式写真撮影。
2730M 海田市行き
海田市駅
海田市駅に停車中の73系
この当時は1日に1本だけ海田市まで運行する列車があり、これに乗車し形式写真撮影となった。
相対式ホームで充分な長さがあるため、可部駅よりも形式写真撮影には適しているが、1日1本しか運行していないのが惜しまれる状況であった。
クモハ73009
形式写真を一通り撮影を終え、山陽本線で横川駅へ
ドアカットの注意書き
『ご注意
4両連結のとき、この車輌が最後部になると、上八木 七軒茶屋駅では、ホームからはずれます。乗り降りは他のドアーから願います。
国鉄』
『半自動扉』
『停車中は手で自由に開閉できます』
ドアカットは2008年3月にはホームが延長され、解消されている。
車窓に写る何気ない風景が気になり場所の特定を試みてみた。
ネガのコマの順序から海田市-横川間であることは判明している。
その時刻の太陽の位置から、おおよその方角を算定。
くの字に曲がった集合住宅を手掛かりにGoogle マップを駆使してみたが同定できなかった。
一方、地理院地図には過去の航空写真を閲覧できるシステムがあり、くの字形の建物を発見。安芸区船越一丁目だと判明した。
写真に写る集合住宅は現在は新しくマンションに建て替えられていたが、手前の戸建て住宅のいくつかは残っている。
写真と地図を利用したささやかな遊びである。
横川駅
クハ79004 他
2371Mで横川駅へ。ここで6分間停車するので、対岸のホームへ移動し撮影した。 この運用では先頭のクハ79004は荷物専用扱いになっていた。
横川駅をあとにする73系
最後尾の車輌はクモハ73009
広島市内へ
広島電鉄 横川駅 1984年
路面電車に乗ったのはこのときが初めてかもしれない。
この場所を特定するのに時間を要した。というのは交差点を直角に曲がる場所として十日市町に当たりをつけ、検証したためである。しかし、そこでは建物がひとつも一致しなかったのである。
手元に横川駅から市電に乗り、十日市町下車。徒歩で平和公園という手書きのマップが残っていた。
そこでストリートビューで横川駅から順に追ってみると、形状の一致する建物を見つけた。バレーボールで有名なボールメーカー、モルテンボールの入るビルである。本社がここにあるのを今回初めて知った。
現在の風景 (Google ストリートビューより)
いつの時代に改修されたのか、現在は広電の線路が横川駅へ浅い角度で進入している。この角度の違いが位置特定を妨げる原因であった。
通りの奥に見えていた山の稜線もほぼ隠れ、その左側には高層マンションの壁が立ち上がっている。ガソリンスタンドが撤去されたことも今の時代を現すひとつの指標といえよう。
相生橋から
原爆ドームと広島県産業奨励館の碑
広島へ来た記念に平和公園と原爆ドームへ。 正月だったため資料館は閉館していたが、こういった場所に思春期に訪れた経験は良かったと思う。
横川駅その2
横川駅電流線の73系
平和公園から広電で広島駅を経て、再び横川駅へ。
山陽本線から可部線が分岐する三角地帯に電流線があり、73系が2編成留置されていた。
手前がクモハ73009、奥がクモハ73313の編成で撮影済みの車輌であった。
115系3000番台
115系3000番台は1982年11月にデビューした車両で、115系でありながら2扉という変わり種であった。 誕生間もない当時は冷房準備車として運用されており、中間電動車は暫定的に他から転用した形式の3扉車であることが見て取れる。
クハ79004 ++
留置線から入線した編成は、クハ79004 + クモハ73259 + クハ79466 + クモハ73009であった。 最後尾のクモハ73009に乗車し車内録音も行った。
737Mで上八木駅へ
太田川橋梁
上八木駅
生活感溢れる駅舎がなんとも愛おしい。
可部線の電化区間で唯一の撮影ポイントとなる太田川橋梁を目指し、上八木駅で下車することにした。
太田川橋梁を渡る2輌編成の73系
先頭はクモハ73021。
027と酷似しているが、ジャンパ栓受けや側面のサボ受けなど細部が異なるため同定可能となった。
1543D キハ40 x 4
旧型国電を目的に遠征したので、キハの運用は少々迷惑に思っていたが、今思えばもっと真面目に撮影すべきだったと悔いている。
744M クモハ73009 ++
付近の河川敷はモトクロスの練習場になっていた。
744M *
739M クハ79328
739M クハ79328 + クモハ73001 ++
739M ++ クモハ73313
739M
739M *
739M *
746M クモハ73313
746M *
746M *
739M クハ79328
739M