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昭和62年1月1日 その1
帯広駅
帯広運転区
当時の帯広駅はまだ地上駅であり、南側の広大な敷地は帯広運転区として運営されていた。 写真左には機関庫にDD51が駐留している様子も見て取れる。高架駅となった現在の帯広駅は写真のラッセル車直上あたりの位置になるのだろう。
地上駅だったころの帯広駅 (地理院地図より)
昭和62(1987)年2月1日に広尾線が、同年3月22日に士幌線が廃止される。
これまでターミナルとして運営されていた帯広駅も、これ以降は単なる途中駅へと変遷していく。
平成8(1996)年11月には高架駅として営業が開始され、現在にいたる。
243D 新得発池田行き
キハ48 128 + キハ48 + キハ22の3輌編成。
帯広駅普通入場券(硬券)
士幌線
国鉄士幌線路線図
士幌線時刻表 1987年1月号
クリックで詳細
この日はそれぞれ別行動とし、友人は士幌線、筆者は広尾線、標津線へと向かうことにした。
士幌線に向かった友人は、律儀にもこの9年前にバス代行運転となっている十勝三股までの区間も走破したのであった。
糠平駅・士幌駅 普通入場券(硬券)
広尾線 愛国駅
国鉄広尾線路線図
広尾線は帯広から十勝平野の南端に位置する広尾までを結ぶ84.0kmの路線であった。 開業は昭和7(1932)年で、十勝平野の農産物輸送を中心に繁栄したが、この旅のちょうど1ヶ月後の昭和62(1987)年2月1日を最後に廃線となった。
国鉄広尾線時刻表 (クリックで詳細)
広尾線のような行き止まり路線は乗り鉄にとっては利用しづらい線区で、もし日高本線と連結していれば...と 思い描いた人は多いことだろう。
駅名板 あいこく 愛国 AIKOKU
下車してみると駅はすっかり観光地化していた。
写真右上の小森照吉商店が現存していることを見つけた。
Googleマップ
愛国から幸福ゆき 乗車券
広尾線が一躍有名になったのは愛国から幸福行きの切符が話題になったためである。 恥ずかしながら筆者もそれに乗っかってしまった。
824D 広尾発 帯広行き キハ40 130
サボ 広尾 <---> 帯広
広尾線は愛国で引き返し、次なる目的地標津線を目指し根室本線へ向かった。