0系新幹線
吊り掛け式モーターを検索した結果、静岡県富士市にある新通町公園にDT12台車が展示してあることが判明し、探訪してみた。
市街地の中にある公園で西側の1/3ほどに新幹線0系をはじめ信号機などの鉄道関係のアイテムが展示してある。
新通町公園のDT12台車
南西の一角で桜の木の下にひっそりと置かれている台車は、平軸受の軸箱などの特徴から間違いなくDT12であると断定できた。
吊り掛け式モーターのことは文献で知ってはいたものの、モーター自体を実際に目にしたことはなく、詳細に観察することで仕組みを理解できた気がしている。当ページの内容はあくまで筆者個人の見解であることを踏まえたうえで、以下を参考にしていただければ幸いである。
DT12台車
上の写真の台車を部材ごとに着色し考察してみたのが下の写真である。
DT12 詳細図
初めに当ページにおける「方向」について定義する。
前後:レールと並行な向き
左右:枕木と並行な向き
上下:重力と並行な向き
回転方向は列車の進行方向を正面としたときの
ロール:正面の時計の回転
ヨー:地面に置いた羅針盤の回転
ピッチ:車輪の回転
荷重のかかる順に解説していくと
0. 心皿 (DT12俯瞰図参照)
客室のある車輌上部の荷重は心皿が負担する。 台車のヨー回転は心皿を中心に動作する。また、推進力を車体に伝える働きもする。
1. 上揺れ枕
心皿の荷重を左右方向に分散させ、枕ばねへと伝える。
1-2. 側受
車体と心皿の結節にはアソビがあるため、一定以上のロール回転の傾きを側受で受け止める働きがある。 台車自体がヨー回転したときは、単純に擦れることで応力を逃す仕組みである。
2. 枕ばね
左右に板ばねが一組ずつある。台車の外側に鋭角に突き出した形状は、その対象形が奥側に隠れており、前から見た時に菱形をしている。
2-1.枕ばね留金(DT12俯瞰図参照)
上揺れ枕と枕ばねを緊結する金具。
3. 下揺れ枕
左右の枕ばねが負荷した荷重は一度この部材が負担する。
4. 揺れ枕吊り
下揺れ枕を4本の懸垂材で吊る部材。前方向から見た時に若干下が広がった台形をしているため、左右方向の揺れは自然と中央で収束する。
5. 台車枠
台車枠はいくつかの部材が鋳物として製造され、リベット接合され一つに形成されている。
5-0. 台車枠(横張)(DT12俯瞰図参照)
揺れ枕吊りはここに留められている。
5-1. 台車枠(端梁)
台車の前後端を形成する部材。車輌端側と思われる梁には排障器の座金が見受けられ、車輌中央側の梁にはブレーキ系装置が留められている。
6. 軸ばね
台車枠横梁により前後方向へ分散された荷重は軸ばねを介して軸箱へ伝えられる。
7. 軸箱
車軸を受ける部材でローラーベアリングが採用される以前の平軸受は単純に潤滑油で摩擦力を逃していた。箱型の筐体の蓋を開け潤滑油を補充する。
7-1. 軸箱守
車軸は台車枠に対し上下運動をし、車体の荷重は軸ばねは負担するのであるが、推進力などの前後方向および左右方向の応力は軸箱守を介して伝達される。
リベットが見当たらないことから上部の軸ばね受座の部分と一体成形されたものと思われる。
7-2. 軸箱守擦り板
軸箱と軸箱守の間に挿入される部材で軸箱の上下動により摩耗するため定期的に交換される。
7-3. 軸箱守控
ダンパーが採用される以前の台車であるため、軸箱の上下動を範囲内に収める働きがある。
8. 車輪
戦前に製造された旧型国電の車輪の多くはスポーク輪心であった。
9. 電動機(モーター)
複雑な形をした筐体にモーターが収められている。 筐体の端を台車枠横梁に差し込み、もう一方は車軸に載せて支持している。 この搭載方法がいわゆる「吊り掛け式」である。嵌め掛け式と言った方が相応しいだろうか。 この後に登場するカルダン式はモーターを台車枠のみで支持する方法を取ったため、吊り掛け式は前様式として区別される。
10. 歯車筐体
モーターの歯車と車軸の歯車がこの筐体の内部で噛み合う構造で、密閉されているため内部の様子を見ることはできない。
吊り掛け式モーターを搭載した車輌のあの独特な重低音は実はこの歯車から発生しているという。 歯車が噛み合う際に互いを叩きつける音が連続することで、回転数の増減が音程の高低として響くものと考えられる。
また、歯車とモーターとは筐体が緊結され一体化しているため、筐体自体と車軸、台車枠に反響し、より大きな音を生成していたのだろう。
一方でカルダン式はモーターと歯車とは直結せず、カルダン(=クランク・シャフト)を介して連結していた。 そのため、歯車の振動(音)はカルダンで減衰し、吊り掛け式とは異なる音質を発することになる。
11.ブレーキ系装置
当ページではブレーキ系装置として、ひと括りに扱うことにする。
個々の近代の台車は個々のシリンダーによってブレーキシューを押さえ付ける方法であるが、この当時は車輌中央部にある圧搾空気のブレーキ弁により、台車へ繋がるシャフトの動作でブレーキがかかる仕組みが取られていた。 つまりテコの原理を巧みに利用し、一つの動作で全8箇所のブレーキシューを操っていたのである。
DT12俯瞰図
長年に渡り地元の子供たちに秘密基地として使用されてきたのだろう、部材の至る所に小石や砂が詰め込まれていた。
撮影が桜の花の終わりの時期だったため、花びらも散らばり画像資料としては低下してしまった。それでも詳細に観察してみると読み取れることは幾つもあり、興味は尽きない。
台車1台につき電動機は2基、つまり1車輌で4基搭載されていた。
電動機および歯車の筐体は車軸を抱き込むように完全に密閉されており、「吊り掛け式」という言葉から筆者がイメージしていた様相よりもずっと進歩的なものであった。戦前にも拘らず先人たちの技術力と情熱に敬意を表したい。
電動機の筐体に「日立」の社章が見出せ、対角線上に点検時の吊り上げ用フック掛けが2箇所あることも見て取れる。
さて、吊り掛け式モーターについてもう少し考察してみると、筐体端部を台車枠横梁(図中番号5-0.)の穴に差し込むようにして取り付けられていることが判る。車軸の上下動による台車枠横梁からの距離と角度の変位はこの接合部のアソビで対応していたものと考えられる。
台車枠上のブレーキ系装置
DT12台車は基本的には心皿を中心とした点対象形であるが、台車枠上のブレーキ装置の配置には前後の相違がある。 連動する部材の力学的な根源が写真の上方のもので、棒状の部材によりブレーキ弁に繋がっていた。
空気溜やブレーキ弁などの大型装置は車体中央部に配置されることから当台車の向きを特定した訳であるが、前位、後位の判別はできない。
また、たもとで短く切断されているが、モータへの4本のケーブルも見て取れる。
推定 車輌端側
いくつか見受けられる垂直に立ち上がったL形鋼材は電源ケーブル等を保持するための部材であったと推定している。
台車枠端梁にレール上の障害物を除去する排障器が付属していないことから、後位の台車であった可能性が高く、こちらが車輌端側と推定できる。
また、身延線の旧型国電には中間電動車がなかったため、前位台車の2位側には速度を計測する機器と配線が取り付けられていたはずである。
公園の一角に据えられた銘板
鉄道施設施工 日本国有鉄道
施工 高木産業株式会社
昭和58年4月
富士吉原ライオンズクラブ寄贈
昭和56年10月31日
寄贈された年は身延線から旧型国電が引退した年であるため、推測するに沼津電車区で廃車解体された車輌の台車を引き取ったのではないだろうか。
台車は形状からDT12であることは特定できるのだが、台車には銘板類がなく、公園にも説明板がない。
そのため、元の車輌の特定は出来ていない。
推定 車輌中央側
それでは、せめて電動機の区分から判別できないかと考えてみたが、今度は手元に電動機の形状を記載した資料がない。
仮に歯車筐体を開けることが出来たならば、歯車比から車輌型式を絞り込むことは出来るだろう。
身延線旧型国電の電動機形式
車輌形式 | 電動機形式 | 歯車比 |
---|---|---|
クモハ41850 | MT-15D | 25 : 63 = 1 : 2.52 |
クモハユニ44 | MT-15D | 25 : 63 = 1 : 2.52 |
クモハ51 | MT-15C・MT-16 | 27 : 61 = 1 : 2.26 |
クモハ51830 | MT-30 | 23 : 66 = 1 : 2.87 |
クモハ60 | MT-30 | 23 : 66 = 1 : 2.87 |
40年以上前のものが比較的良い状態で保存されていることに感謝したい。
吊り掛け式モーターに興味のある方は是非現地を訪ねてみて欲しい。