急行ごてんば号

165・167系による東京-御殿場直通急行列車

165系の急行ごてんば4号

1981年 山北駅にて

かつて御殿場線の優等列車にはあさぎり号の他に「急行ごてんば」が定期運行していた。
運用の開始は御殿場線が電化された昭和43(1968)年で、165系3輛が東京-国府津間は急行東海に併結していた。

私の中で「ごてんば号」といえば、165系x3輛として記憶に定着している。
今見ると、小学生のときの撮影のものもあり、空しくなるほどの低い写真テクにより、単にカメラのシャッターを切ったというレベルではあるが、このページにごてんば号の記録を掲載することにした。

 


153系 急行東海5号

東京-国府津間は急行東海と併結して運行していた。
写真はオリジナルである低窓の153系。

1980年9月28日 東京駅

急行東海のサボ

 


祝 ありがとう 一周年記念 JR東海

急行東海5号と急行ごてんば5号(右)

連結はしていたが、貫通扉は使用されずに運行していたようだ。それぞれに車掌が乗車していたのだろう。
急行東海は153系であるが、165系の車両が混在していた様子が判る。
背後には地上ホームを運用していた横須賀線の車両が見て取れる。

急行ごてんばのサボ

 

 


ごてんば号の車内

写真は実際にごてんば5号に乗車しての撮影したもの。
この数日後の1980年10月1日のダイヤ改正により急行東海・ごてんば号は運用本数を削減し1日2往復となった。

国府津駅での切り離し作業

ごてんば号は国府津駅で切り離され、単独で御殿場線へ乗り入れることになる。

国府津駅にて


1980年1月の時刻表

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車内発行の急行券

現在では事実上廃止となった「急行」というカテゴリー
100kmまでは大人500円、小人250円であった。


国府津側の車両前部

夏休みのとある日、ロケハンしてみたものの思うような場所が見つからずに撮影したと記憶している。今もあまり成長していないかな...

1981年8月 山北-谷峨間

箱根1号トンネルを抜けて

御殿場寄りの先頭車にはヘッドマーク受けが取付られていたのが見て取れるが、ごてんば号に実際にヘッドマークが装着されたことはなかったと思われる。

1981年9月 山北-谷峨間


165系 ごてんば1号

編成は(御殿場側)クハ165 + モハ164 + クモハ165(東京側)の3輌編成であった。

1981年 東山北駅付近

急行「東海」と「ごてんば」

16輛の長大編成 急行「東海」と「ごてんば」の併結

4日後の1981年10月1日のダイヤ改正で「特急あまぎ」が廃止となるため、その姿を記録しようと遠征したときの写真である。
公式記録ではこのダイヤ改正で「急行東海」は153系から165系へ入れ替わったとあり、また「急行ごてんば」はそれより先の9月16日から167系4輛になったとある。*1)

写真を見る限り、ダイヤ改正前であるが「急行東海」は165系である。東海もこの9月16日のタイミングで車両を入れ替えたのか、あるいは153系に165系車両が混在してのことなのか、今となっては不明である。
ごてんば号が廃止されるまで、165系x12輛 + 167系x4輛は続き、この16輛編成は在来線旅客列車では歴史上最長であった。

1981年9月28日 茅ヶ崎-平塚間


167系4輛の急行ごてんば号

167系4輛の急行ごてんば号

1981年9月から約3年半の間167系4輛で運行されていたが、乗客数の減少に伴い御殿場線内の優等列車は「急行あさぎり」に一本化されることになる。

1984年冬 東山北駅付近

ごてんば号さよなら運転

ごてんば号さよなら運転

ヘッドマークには「ごくろうさま ごてんば号 60・3・10 3月14日 電車増発」と書かれていた。
1985年3月14日のダイヤ改正により「急行ごてんば」が廃止となった。さよなら運転はその直前の日曜日である3月10日に167系8輛編成で行われた。
ごてんば号の廃止により、国府津-松田間では定期の優等列車が走ることのない状態は今現在まで続いている。

1985年3月10日 東山北駅付近


キハ82

御殿場線60周年記念号 キハ82

御殿場線開業60周年記念に特別列車が走った。
ヘッドマークには「ごてんば」が掲げられた。

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1994.11.27. 山北駅

キハ82

臨時急行「富士山トレインごてんば号」

2016年2月27・28日、373系で臨時急行「富士山トレインごてんば号」が運行された。列車名に「ごてんば号」が冠せられるのは久々のことであった。

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2016.02.28. 相模金子 - 松田 間