富士駅
ワイドビューふじかわ8号
富士駅今昔
旧型国電が走っていた頃
富士駅は筆者にとって最も思い入れのある駅のひとつで、まだ小学生だったときの最初の形式写真が身延線の旧形国電であった。富士駅は筆者にとって最も思い入れのある駅のひとつで、まだ小学生だったときの最初の形式写真が身延線の旧形国電であった。 1980年当時から橋上駅舎で、4輌編成の場合東京寄りの車輌は部分的に露出不足となり苦労した。
クハ47100
撮影:1981年06月21日
ワイドビューふじかわ8号
基本的に当時と同じ風景が続いている。
F13編成 クモハ373 13
撮影:2018年07月23日
東海道本線上りホームから身延線ホームを
身延線ホームには立ち食いそば店があり、現在も営業している。
静岡寄りには跨線テルハという各ホームを繋ぐ荷物専用のエレベーターが設置されていた。
その奥にはイトーヨーカ堂、グリーンホテルなどが見て取れる。
クハ55441他
撮影:1981年08月23日
同地点から
2010年にイトーヨーカ堂は閉店となり、基準点となる風景が失われてしまった。 手前のマンションで隠れているが、ホテルは今も続いている。
今回、当ページを編集していて発見した事項として、写真左上の信号機の設置方法がある。 タワークレーンのように片持ち梁式に支持された信号機で珍しい構造となっている。
撮影:2018年07月23日
身延線ホーム西端のスロープ
跨線テルハ以前の構造物なのだろうか、ホームの先端はスロープとなっていた。
写真の人物は身延線を撮影しに来ていた数人の小学生。子供どうしだったのですぐに仲良くなり、カメラを向けるとなぜか気を付けポーズ。
撮影:1980年05月03日
東海道線上り(3・4番)ホーム
跨線テルハの跡だろうか、路面に継ぎはぎが残る。
スロープは白いガードパイプで立入禁止となっている。
撮影:2018年07月23日
身延線2番線の東端から
身延線は元は富士駅から東回りで敷設されていたが、昭和44(1969)年に現在の西回りへ変更された。
クハ47001
撮影:1980年05月03日
増築された橋上駅舎
身延線ホーム上に建物が増築されたことが見て取れる。 2階部分にはトイレが整備されている。
撮影:2014年03月29日
和式客車 スロフ81
いわゆるお座敷列車という和式客車で、臨時の団体列車で運行されていた。 グリーン車マークが記すとおり形式に「ロ」が表記されている。 車端に台枠が見えている構造も興味深い。
スロフ81 2111他 宮原区所属
撮影:1981年05月17日
荷物電車 クモユニ74
荷物専用電車として単独で運行されており、時刻表非掲載の列車であった。 クモユニ74000〜011はモハ63からの改造で旧型国電のカテゴリーに含まれ、113、153系との併結も可能であった。
クモユニ74002 他
撮影:1981年05月17日
165系 急行富士川
急行富士川の一部は三島行きとなっていた。 新幹線と連絡し横浜方面へ向かう乗客には便利なダイヤであった。
撮影:1993年01月15日
EF66-126
富士駅は2018年現在も貨物取扱駅となっており、この日はEF66 100番台が停車していた。
撮影:2018年07月23日
ワム80000
私にとって貨車といえばこの車輌で、当たり前すぎて形式写真として撮影したものがなく後悔している。 富士駅の南側では編成組み替えの突放作業が行われとおり、ずっと眺めていた。
撮影:1993年01月15日
ワム80000 (38000番台)
時折青いワムが混成していたので、記録した一枚である。 軸受けがベアリング機構のコロ軸受けに更新された形式で、車体は青に塗装された。
ハワム380341
撮影:1993年01月15日
クモハ123-601
撮影:2014年03月29日
123系は昭和61(1986)年11月のダイヤ改正で廃止された荷物列車でクモニ143形など余剰になった車輌を改造したものが主であるが、当車輌の種車はクモヤ145-601で、身延線用に低屋根仕様であった。
さらにその前身は101系の中間電動車モハ100-806で、中央東線の小トンネル断面に対応した低屋根仕様で、種車として選定された理由となる。
MM'ユニットをクモヤ145-601で1M方式に改造しているが、台車はそのまま123系まで引き継がれ、101系の面影を見ることができる。
富士駅コンコースから東を望む
東田子の浦から富士にかけて製紙工場の風景が続く。
撮影:2018年07月23日