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EF66-0

- ブルートレインの走っていた時代 -

EF66は編成重量1,000tの高速貨物列車を牽引する目的で計画された直流電機機関車である。
この重量編成を昭和41年当初はEF65-500番台が重連運転していたが、運用費や出力5,100kW(=2,550x2)では変電施設への負荷がかかる問題があった。そこで機関車を1輌に抑えながらも、EF65の1.5倍となる出力3,900kWのハイパワー電気機関車が誕生する運びとなったのである。

昭和41年製造の試作機 EF90形の2年の試験運用を経て、1次量産機が昭和43年7月から翌年の9月までに全20輌が製造された。

高速貨物列車増発の需要から2次量産機は昭和48(1973)年から昭和50年にかけて全35輌が追加製造された。

昭和60(1985)年3月のダイヤ改正で「寝台特急はやぶさ」の編成増強による牽引定数の増加により、PFからEF66へと牽引機の変更がされることになる。

ブルートレインを牽引したという花形機関車の史実を踏まえ、当ページでは寝台特急 富士/はやぶさが廃止された2009年以前の写真を機体番号順に掲載することにした。

2021年3月 記

寝台特急 富士/はやぶさ を牽くEF66

寝台特急 富士/はやぶさ を牽くEF66

撮影:2009.01.02. 根府川 - 真鶴 間

EF66 0番台
項目
車軸配置 Bo-Bo-Bo
自 重(t) 100.8
換 算 10.0
主要寸法 最大長(mm) 18,200
最大幅(mm) 2,800
最大高(mm) 3,872
全軸距離(mm) 13,400
台車中心間距離(mm) 5,300 x 2
動輪直径(mm) 1,120
  パンタグラフ形式 PS17,PS22
性能 出力(kW) 3,900
引張力(kg) 19,590
速度(km/h) 72.2
最高運転速度(km/h) 110(許容120)
台車 主台車形式 (901) DT133
(1~20)DT133A
(21〜55)DT133B
中間台車形式 (901)DT134
(1~55)DT134A
主電動機(形式 数) MT56 x 6
歯車比 20:71= 1:3.55
  製造数(輌) (901) 1
(1次車  1〜20)20
(2次車 21〜55)35


試作車 EF66 901

EF66-901

EF66 901

撮影:1984年08月 浜松機関区

昭和41(1966)年に試作機としてEF90-1が製造された。

昭和43年には1次量産車と規格統一のため改造され、EF66-901と形式変更される。外観は運転台の窓枠の太さや側面最上部の主抵抗器の排気口の形状などで若干の差異がある

写真は浜松機関区で開催されたイベント時のもので、パンタグラフは既にPS-22Bに変更されていたが、運転室の庇取付改造は最後まで行われることはなかった。

車歴
落成1966-09-07EF90 1 川崎車輌・川崎電機
配属1966-09-07吹田第二機関区
改番1968年EF66 901 鷹取工場
転属1968-09-07下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2001-02-09 

白字は撮影時の所属を示す


1次車 EF66 1 ~ 20

第1次量産車は昭和43から44年にかけて全20両が製造された。
当初は両端台車の枕ばねが3段ベローズ型であったが、全車がダイヤフラム型に変更された。

外観上の特徴は運転室前部に庇のないタイプで登場したが、後に5〜7、13〜19号機は改造され庇が施工される。

1次車はJR化後は全車がJR貨物に所属することとなる。

EF66-7

EF66 7

撮影:1992.07.23.  小田原駅

前面の車体番号プレートは文字数により幅が異なるため、一桁台は若干狭い。

車歴
落成1968-07-04東洋電機・汽車会社
配属1968-07-04下関運転所
転属1978-10-01広島機関区
転属1984-01-31吹田第二機関区
転属1984-02-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2009-03-27 
EF66-9

EF66 9

撮影:1990.12.01. 根府川 - 真鶴 間

運転台上部に庇のない原型をとどめた個体であったが、パンタグラフがクロス型のPS22に取り替えられている。

車歴
落成1968-07-26川崎車輌・川崎電機
配属1968-07-26下関運転所
転属1978-10-01広島機関区
転属1984-02-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2010-03-31 
EF66-13

EF66 13

撮影:1984.03. 湯河原 - 熱海 間

国鉄時代の高速貨物列車を牽引していた勇姿である。

車歴
落成1968-08-29川崎車輌・川崎電機
配属1968-08-29下関運転所
転属1979-07-01広島機関区
転属1984-01-31吹田第二機関区
転属1984-02-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2009-03-02 
EF66-19

EF66 19

撮影:2009.03.11. 早川 - 根府川 間

写真は終末期の更新新色で国鉄色と同色であるが、裾帯などの位置が異なる。 EF66-9と比較参照されたい。
前面ナンバー両脇のエンブレムと前照灯間にある飾り帯も撤去されている。
1次車の前面飾り帯は通風口を兼ねていたが、飾り帯撤去後の写真からはその痕跡は確認できない。 全検時に塞がれたものと思われる。

当初はコキ10000型を連結するため空気管付き密着自動連結器が装備され、連結器を囲む矩形四隅の空気管接続口に特徴があったが、JR化後はコイルばね台車のコキ100以降が主流となり、空気供給の必要がなくなったため通常の自動連結器に更新された。

車歴
落成1969-09-20川崎車輌・川崎電機
配属1969-09-20下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2010-03-31 
EF66-20

EF66 20 試験塗色機

撮影:1990.12.01. 根府川 - 真鶴 間

JR貨物が発足した昭和62(1987)年の8月にEF66の中でいち早く塗色変更が試みられた機体であった。このカラーリングは平成5(1993)年の全般検査時まで続いた。

また当時の貨車にはピギーバックと呼ばれる4tトラックを2台積載可能なクム1000形が運用されていたことが見て取れる。

車歴
落成1969-09-27川崎車輌・川崎電機
配属1969-09-27下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
 1987-08試験塗装
 1993-10新更新色
廃車2010-03-16 

2次車 EF66 21 ~ 55

第2次量産車は昭和48(1973)年から49年にかけて全35両が製造されたロットで、車番は21〜55号が当てられた。

外観上の最大の変更点は運転室上部に庇がついた点であるが、1次車にも後に改造されたものがある。
1次車の前面飾り帯は通風口を兼ねていたが、2次車では文字通り装飾の機能のみで、終末期には27号機を除いて撤去された。

昭和60(1985)年3月からPFに変わりEF66がブルートレインを牽引することになる。
その2年後の昭和62年のJR発足に際しては、1〜39、901号機がJR貨物に、40〜55号機がJR西日本に所属することとなった。
よってJR化後のブルートレインを牽引したEF66は40号機以降ということになる。

EF66のブルートレイン牽引は1985年3月開始で下関運転所所属の機関車が充当された。
人気のEF66-27号機であるが、1984年2月に下関運転所から吹田機関区へ転出していることから、専ら貨物列車を牽引しブルートレインとのコラボはなかったものと考えられる。

EF66-27

2013年以降の写真はこちら>

EF66-28

EF66 28

撮影:1992.10.01. 金谷駅

JR貨物発足間もない頃の写真である。 当時のJR貨物のコンテナのカラーはスカイブルーであったことが見て取れる。

EF66-28

EF66 28

撮影:1992.10.01. 金谷駅

雨の金谷駅。同列車を標準レンズで。

車歴
落成1973-08-25川崎車輌・川崎電機
配属1973-08-25下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2010年度 
EF66-30

EF66 30

撮影:1981.11.29. 根府川駅付近

白糸川橋梁を渡る貨物列車。
筆者が撮影したEF66の最も古い写真。もはや色彩の復元が困難なほどネガが劣化してしまった。
このタイプは当時は確かフレートライナーと呼ばれていたような記憶が・・・?

下関運転所のEF66は貨物にも運用されていたようだ。

車歴
落成1973-09-20川崎車輌・川崎電機
配属1973-09-20下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2018年度 
EF66-31

EF66 31

撮影:2009.03.14. 熱海駅

車歴
落成1973-09-22川崎車輌・川崎電機
配属1973-09-22下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2010-03-31 
EF66-35

EF66 35

撮影:1993.03.29. 八丁畷駅

JR貨物の車輌はこの頃から冷房が装備され始め、運転台上部に室外機が搭載された。

車歴
落成1974-09-13川崎重工・東洋電機
配属1974-09-13下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2013年度 
EF66-39

EF66 39

撮影:1984.03. 湯河原 - 熱海 間

貨物列車に車掌車が連結されていた時代のコンテナ車にはコキフという形式の車掌車を兼ねた車輌があった。

車歴
落成1974-11-08川崎重工・東洋電機
配属1974-11-08下関運転所
転属1986-11-01吹田機関区
転籍1987-04-01JR貨物
廃車2010-10-01 
EF66-40 寝台特急 みずほ

EF66 40 寝台特急 みずほ

撮影:1990.12.01. 根府川 - 真鶴 間

昭和60(1985)年3月のダイヤ改正で「寝台特急はやぶさ」のロビーカー増結に伴う編成増強で牽引定数の増加したため、PFからEF66へと牽引機の変更がされることになった。

JR発足後にブルートレインを牽引したのは40号機以降である。

国鉄最後期の2年間に40号機以前の車輌がブルートレイン牽引に使用されたかは不明であるが、基本的にはより製造年の新しい40号機以降が充てがわれたと考えられる。

車歴
落成1975-01-24川崎重工・東洋電機
配属1975-01-24下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車1995-05-11 
EF66-41 寝台特急さくら

EF66 41 寝台特急 さくら

撮影:1990.12.01. 根府川 - 真鶴 間

41号機は1999年1月にJR西日本から除籍され、JR貨物に復籍している。
 

車歴
落成1975-01-31川崎重工・東洋電機
配属1975-01-31下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車1999-01-29 
復籍1999-03-05JR貨物
配属1999-03-05吹田機関区
廃車2010-03-31 
EF66-42 寝台特急はやぶさ

EF66 42 寝台特急 はやぶさ

撮影:1985.03. 根府川 - 真鶴 間

1985年3月14日から東京-下関間を走るブルートレインの牽引機はPFからEF66へと引き継がれた。写真はその改正直後の頃のものである。

42号機は生涯を下関運転所所属で凄した車輌であった。
 

車歴
落成1975-01-31川崎重工・東洋電機
配属1975-01-31下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車2009-12-02 
EF66-45 寝台特急みずほ

EF66 45 寝台特急 みずほ

撮影:1985.03. 根府川 - 真鶴 間

45号機以降は川崎重工・富士電機が製造した車輌となる。

「みずほ」とは日本の旧国名「豊葦原の瑞穂の国」に由来する名称であった。

車歴
落成1974-08-21川崎重工・富士電機
配属1974-08-21下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車2010-09-20 
EF66-46 寝台特急あさかぜ

EF66 46 寝台特急 あさかぜ

撮影:1985.03. 根府川 - 真鶴 間

ブルートレインを牽引し始めた1985年3月の写真。
PFに比べ、ふた回りほど大きな車体は花形列車の牽引機に相応しく、ファンの間でも歓迎されていた。

EF66-46 寝台特急 富士

EF66 46 寝台特急 富士

撮影:1990.12.01. 根府川 - 真鶴 間

一日に何本ものブルートレインが走っていた時代。
こういう光景が永遠に続くと思っていた。

JR西日本所属の車輌には、客車の非常用パンタ下げ回路を組み込んだKE70型ジャンパ栓が装備された。 1985年撮影の写真では未施工であったが、1990年の写真には連結器の左隣に確認できる。

EF66-46 寝台特急 富士 はやぶさ

EF66 46 寝台特急 富士 はやぶさ

撮影:2009.03.11. 早川 - 根府川 間

ラストランまであと数日の一コマ
下関運転所の所属で生涯を送った機体であった。

車歴
落成1974-08-28川崎重工・富士電機
配属1974-08-28下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車2009-06-10 
EF66-48 寝台特急 はやぶさ

EF66 48 寝台特急 はやぶさ

撮影:1990.12.01. 根府川 - 真鶴 間

EF66-48 寝台特急 富士 はやぶさ

EF66 48 寝台特急 富士 はやぶさ

撮影:2009.03.10. 早川 - 根府川 間

JR西日本所属のEF66は最後まで冷房装置が搭載されず、連結器も当初の形態を保っていた。

車歴
落成1974-09-25川崎重工・富士電機
配属1974-09-25下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車2010-02-04 
EF66-52 寝台特急みずほ

EF66 52

撮影:1992.11.27. 小田原駅

客車の帯とEF66の帯の高さがピタリと合う。
貨物用に開発されたEF66であったが、当初から側面にEF65-500番台と同様に帯が入っていおり、ブルートレインを牽引することが運命づけられていたかのようである。
写真は寝台特急みずほ。

車歴
落成1975-01-16川崎重工・富士電機
配属1975-01-16下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車2000-03-24 
復籍2000-07-21JR貨物
配属2000-07-21吹田機関区
廃車2015年度 
EF66-54 寝台特急 あさかぜ

EF66 54 寝台特急 あさかぜ

撮影:1990.12.01. 根府川 - 真鶴 間

この後に訪れるブルートレインの本数削減により余剰となるEF66は、JR西日本下関機関区に所属していた車輌のうち、41・44・52・54号機がJR貨物へ移籍し延命することとなる。

車歴
落成1975-02-07川崎重工・富士電機
配属1975-02-07下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車2002-09-27 
復籍2003-04-10JR貨物
配属2003-04-10吹田機関区
 2004-02新更新色
廃車2016年度 
EF66-54

EF66 54

撮影:2009年03月11日 早川 - 根府川 間

EF66のカラーリングはオリジナルの国鉄色以降、濃淡の青を配色した車輌が存在したが、 16号機および54号機は大部分を国鉄色に戻しつつ、裾の帯のみ淡い青を残した塗色をまとった。
終末期に見る裾帯がクリーム色のカラーリングは、この後に登場するわけで、54号機はその過渡期の試験塗色ということができる。

車体側面中央に配置された形式番号と製造会社および製造年が刻印されたプレートは当初は上下2箇所に独立していたが、晩年は形式番号のある上部へと集約された。

撮影時は全般検査が終えたばかりだったのか、非常に美しい車体を呈していた。
2004年から廃車されるまで、54号機はこの塗色をまとっていた。

EF66-55 寝台特急 富士

EF66 55 寝台特急 富士

撮影:1985.03. 根府川 - 真鶴 間

EF66 0番台のラストナンバー。
1985年3月からEF66がブルートレインを牽引し始め、富士のヘッドマークは山型となった。

平成4(1992)年4月8日に寝台特急「さくら」を牽引中、山陽本線須磨 - 塩屋間で線路内に転落したトレーラーに衝突して大破。その後、復旧されたものの蛇行動などの不具合が解消せず、他機よりも早く廃車となった。
蛇行動とは台車に不安定なブレが生じる現象で、この振動が増幅されると最悪の場合は脱線に至る。

写真はブルートレイン富士。しかし本命は大抵上手く撮れない・・・。これは今も変わらない。

車歴
落成1975-02-14川崎重工・富士電機
配属1975-02-14下関運転所
転籍1987-04-01JR西日本
廃車1997-02-22 
EF66-27

2013年以降の写真はこちら>

 

参考文献:
「J-train vol.80」 イカロス出版
「ブルートレイン ザ・ファイナル」 三栄書房

参考サイト:
Wikipedia 国鉄EF66形電気機関車


関連:
EF66-0 - 終末期の記録 -