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男鹿線のキハ40系

- キハ40・キハ48 秋アキ -

寝台特急あけぼのが廃止されるとの噂を耳にし、平和なうちに乗車しておこうと、青森まで遠征した帰路に立ち寄った男鹿線の写真である。

2021年3月で男鹿線からキハ40系が引退するのを機に掲げることにした次第である。

筆者は鉄道もさることながら、地形、地勢、歴史にも興味があるため、こういったロケハンをしながらの撮影をまとめたページは、少々内容がぶれたものとなる傾向にあるが、お付き合いいただけると幸いである。

2021年3月 記



八郎川橋梁

寒風山をバックに八郎川橋梁を渡るキハ40系

寒風山をバックに八郎川橋梁を渡るキハ40系

男鹿線随一の撮影ポイントといえば、八郎潟と日本海を結ぶ船越水道(八郎川)に架かる橋、八郎川橋梁だろう。 天王駅から徒歩10分とアクセスも良い。

背後の草原の山は男鹿半島のシンボル寒風山。

八郎川橋梁は、かつては船を通すため昇関型(エレベーター式)の可動橋として機能していた。
写真で列車の1・2輌目が載る橋桁だけ他と構造が異なることが見てとれる。
その可動構造も昭和45年ごろには運用されなくなり、現在は橋桁を上昇させるための支柱は、根本部分のみが残っている。

撮影:2012年06月12日

八郎川橋梁を渡るキハ40系4連

八郎川橋梁を渡るキハ40系4連 1130D

編成は キハ48 1509 + キハ48 518 + キハ40 x 2
初夏の爽やかな風が吹いていた。
左奥の台形の山は男鹿半島の最高峰「本山」標高715m。

1129D

1129D

少し時間をおいてやって来たのが下りのキハ40 x 2
写真中央の芝生の辺りから旧八郎川橋梁が架かっていた。

1129D キハ40 543 + キハ40 575

1129Dを後追い

キハ40 543 + キハ40 575 

八郎川橋梁付近 1962年

八郎川橋梁付近 1962年

着色部分が現在の男鹿線の位置。
かつては北側の平行な位置に旧線の橋梁が架かっていたことが伺える。

八郎川橋梁付近 現在

八郎川橋梁付近 現在

八郎川橋梁の架替後、旧線は空地や道路になっている。
農地拡大の時代から半世紀が過ぎ、水田の一部は宅地へと変遷した。
防潮水門も二代目となり、若干内陸側に建設された。

八郎潟防潮水門

八郎潟防潮水門

八郎潟の干拓

かつて湖沼として日本で二番目の大きさを湛えていた八郎潟は、昭和32(1957)年から本格的な干拓工事が行われ、20年の歳月を経て17,000 haあまりの新たな土地が生まれた。

干拓は埋立工事であると思われがちだが、八郎潟の場合は予定地の周囲を防潮堤で囲い込み、内部の湖水を排水する方法が取られた。利点として搬入土は防潮堤などの建設に限定され、土地全体の嵩上げ工事に比べ少量となる点である。

排水が完了した土地は整地され、農地が生まれることになる。これはオランダの干拓地と同様の方式で、実際にオランダから技術提供を得て工事が進められたのである。

この工法の場合、周囲の湖水より農地の方が低くなる。これは今現在も同様で、海抜は湖水面が-1m、農地が-4mほどとなっており、2箇所の排水機場が稼働することで維持され、それぞれ専用の送電線で電力が供給されている。
つまり、恒久的に排水運転を維持管理しなければならない状況下にある。


かんぷうざん

寒風山から日本海と1132Dを俯瞰

寒風山から日本海と1132Dを俯瞰

クリックで高解像度写真

男鹿半島のシンボルである寒風山。
この山からの見晴らしは素晴らしく、八郎潟から日本海まで一望できる。
眼下を走る男鹿線を様々に切り取って撮影できる隠れた撮影ポイントである。
山頂まで自動車で行ける。

脇本の集落を俯瞰

脇本の集落と

上り列車 1132Dを追って。

俯瞰してみると男鹿線はいたるところが撮影ポイントと成り得るが、線路沿いから撮影する場合は線路脇の草刈りの状態に左右されそうだ。

延命寺越しに

延命寺越しに

 

超望遠撮影1132D 八郎川橋梁付近

超望遠撮影1132D 八郎川橋梁付近

1時間前に撮影した八郎川橋梁を超望遠撮影。

狭間田溜池付近を俯瞰

狭間田溜池付近を行く1131D

山頂の展望レストランで昼食後に下り列車を狙う。

半島の宿命として流量のある河川が存在できず、水源には苦労した地域のようで、溜池が点在する。

大沢集落付近

大沢集落付近


脇本駅

脇本駅

脇本駅

大正3(1914)年開業当時から使用されている木造駅舎。撮影当時で98歳となる。

国鉄の雰囲気ただよう駅構内

国鉄の雰囲気ただよう駅構内

 

脇本駅前

駅前

駅近くで撮影できるポイントがないかと、車を駅前に停めて徒歩でロケハン。

雰囲気のある駅前通り

雰囲気のある駅前通り

倉庫風の建物が並ぶ。
初めて訪れた町だが、何故か懐かしい。

寒風山と

寒風山と

先ほど登ってきた寒風山をバックに。
脇本駅は2011年から無人駅となっていた。

新駅舎の脇本駅

新駅舎の脇本駅

googlemapで調べたところ、残念なことに2016年に新駅舎に建て替えられたとのこと。無人駅化されたため、待合室のみの簡素な駅舎となっていた。

広い敷地の脇本駅

広い敷地の脇本駅

かつては貨物の取扱い駅として栄え、広い構内にその面影を見ることができる。

キロポスト

キロポスト

追分駅から19kmを示す。
このキロポストと線路の間に、石油資源開発(株)の専用線が敷かれていた。

人が植えたものだろうオオデマリの花が撤去された線路とは無関係に咲いていた。

キロポスト

石油貯蔵タンク

出典:国土地理院地図

男鹿半島の北側海岸の申川油田から石油がパイプラインで輸送され、脇本駅で貨車に積み込まれていた。 航空写真には駅北側に貯蔵タンクや留置中の貨車が見て取れる。 日本で唯一、原油が貨車で輸送されていた鉄道であったが、2001年からはトラック輸送へ転換された。

是非とも貨物列車を撮っておきたかったが、跡の祭りである。
繁栄のピークが過ぎた感のある駅に、どうしようもない寂しさを覚える。

1134D

1134D

単線島式ホームならではの光景。

キハ40系

脇本駅へ入線するキハ40系

 

キハ40系

先頭車はキハ48 514

 

キハ40系

後ろはキハ48 560

 

キハ40系

脇本駅をあとにする1134D

 

脇本駅

一瞬の賑わいが過ぎて

 


秋田駅

秋田駅1番線

秋田駅1番線

2016年に急行はまなすの乗り納めに遠征したときの写真である。 青森から特急つがる、秋田から特急いなほと、なるべく新幹線を使わないルートを選んだ。

撮影:2016年02月16日

秋田駅1番線

秋田駅1番線

秋田駅の男鹿線乗り場は線路が終わる形のターミナル式で、正面から車輌を捉えることが出来る。

キハ48とキハ40の連結部<

キハ48とキハ40の連結部

国鉄時代には電車でも運転台のある車輌が中間車として使用される光景はよく目にした。編成が固定されることが多い状況で、 こういった使い勝手の良さがキハ40系の延命の一因といえる。

特急いなほ E653系と

特急いなほ E653系と

対岸の3番ホームから形式写真を予定していたが、これから我々が乗り込む特急いなほが停車しており断念した。

キハ40 544 + キハ48 1539

秋田駅3番線から

キハ40 544 + キハ48 1539 秋田駅3番線は1番線に停車する男鹿線との間に中線が2本もあり
「引き」が取れるため、形式写真を撮るには最適な場所といえる。
ただし、先述のとおり3番線始発の列車などで遮られることもある。

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