
クモハ73902
1979年9月19日 山北駅にて
物心が付きはじめ電車に興味が湧いた時点で、私にとって御殿場線といえば、スカ色(稀に茶色の車輛も混ざっていたが)の73系であった。
カタカナが読める年齢になると、クハ、クモハなど車体に書かれた文字は格好の興味の対象となった。幸いにして自宅にあった「こどもカラー図鑑」の「のりもの」の巻は、これら記号の意味まで解説してあったので、謎は間もなく解決した。今思えは、決してこども向けの内容ではなかった本と言え、私にとってはバイブルでもあった。
慣れ親しんだ青とクリーム色(スカ色という呼び方は後で知った)の電車がなくなるということが小学校のクラス内でも話題になり、放課後に写真を撮りにいくこととなった。私にとって初めて撮影した電車だったと思う。
ポケットフイルムと呼ばれる幅の狭いフイルムのカメラであったため、解像度の低い仕上がりである。
撮り方もよくわからないまま、夢中でシャッターを切った。
既に115系が運用に入っていたため、スカ色は2本に1回ぐらいしかやって来なかったが、山北駅で折り返す運用を撮る事が出来た。
当時は貨物列車も運用しており、EF65+ヨ+ワフ の短い編成も写っている。
後に判明するのだが、写真に写っていたクモハ73902は全金属製の異端児であったため、形式を特定するのに、しばらく掛かったことを記憶している。本に載っている73系とは異なったマスクをしていたためである。
これが私の鉄道写真の原点となるわけだが、今思えば、御殿場線の標準列車として捉えていた旧形国電73系はわずか10年あまりの運用であり、115系、313系より短い期間だったといえる。

傾斜した前面窓
全金属製の車輛で、前面窓は101系同様10°の傾きがあった。

貨物列車と

正面から
線路内に入れた、何ともゆるい時代であった。

側面
モハ72 924 + クハ79 301

EF65-537 + ヨ14323 + ワフ の編成

クハ79301
ずっと車番が不明だったのだが、「我が心の飯田線!」様の資料により判明しました。創設者は既に他界されたとのことですが、感謝の意とともにご冥福をお祈りいたします。